充実した日々と 家族を大切に思う暮らし

2022.11.12

「充実感が半端じゃないんですよ。不便さや困ることはない。むしろ得ていることが多い。」
長崎市に移り住み、生活が大きく変わり充実した日々を過ごす中野照巳さんと朋子さんご夫婦。
照巳さんは東京都の出身、朋子さんは埼玉県出身で、娘さんと家族3人で2019年に長崎市外海地区に移り住んだ。2022年「そとめベーカリー」というパン屋を開き、家族で運営している。

外海地区は長崎市の北部に位置し、世界文化遺産にも登録されている地域で、教会をはじめ数々の潜伏キリシタンの関連遺産が残る長崎の歴史を感じる町だ。
海に面し豊かな自然も広がる外海は、新鮮な魚や野菜も豊富で、都会で育ったご家族は日々環境や食にも感動している。家族3人が幸せに暮らすことを一番に考え長崎に移り住み、外海のゆったりとした環境やあたたかな地元の人達と触れ合いながら、パン屋を開くことにいきついた。

海に面した国道沿いに建つ「そとめベーカリー」

埼玉で暮らしていた頃、照巳さんは広告代理店で広告デザイナーとして働き、毎日終電で帰ってくるような多忙な日々だった。その間、朋子さんは一人で育児をこなす毎日。都会での生活を維持することは大変なことで、都会での生活は合わないと考えるようになる。一度生活自体を整理するために、落ち着いて楽しく暮らせる場所を求め沖縄へ移り住むことにした。

沖縄で3年間の暮らしを経て、知人の紹介でさらに長崎に移り住むことになった。長崎市内の中で外海地区の古民家を安く借りることができるシステムがあり、ペットが飼え、駐車場があることなどが決め手となり、外海で暮らすことにした。

照巳さんは、フリーランスの広告デザイナーとして在宅で仕事をし、精神保健福祉士の資格を持つ朋子さんは、ソーシャルワーカーとして病院に勤務した。
朋子さんは、仕事の傍ら趣味で続けているパン作りがあった。20年ほど前に天然酵母で作るパンを知人に教わったことをきっかけに、好きで続けていたものだ。
そのパンを売ってみないかと話が持ち上がり、道の駅で週末だけパンを販売するようになった。始めのうちは売れ残っていたパンも、徐々に完売するようになっていった。
そうしているうちに、近所の人からパン屋をはじめてみてはどうかと、国道沿いの空き物件を紹介された。お店を始めるには、それなりの覚悟や資金も必要で、なかなか決心できずにいたが、応援してくれる近所の方の後押しもありやってみることにした。

国道沿いの物件は、パン屋を開くには立地が良かった。しかし、そのままでは使えない状態でかなり手を加えないといけなかった。リノベーションはどうせだったら自分達の手でと考え、大きな部分は大工さんに頼み、その他は照巳さんが行った。DIYの経験も全くなかったが、大工さんに教えてもらいながら自己流の技術も身に着け、約2年間の作業を経てお店を完成させた。内装は外海の美しい自然の色をイメージして青、白、茶色を主に、差し色に赤を入れたカラーになっている。

働きに出ていた朋子さんに代わり、その間家のこと娘さんのことは全て照巳さんが行った。
夫婦で役割交代した経験は、お互いの存在の大切さを改めて実感する時間にもなり、照巳さんが娘さんと関わる大切な時間にもなった。

パン作りは朋子さん、その他の仕入れや配達、経理などの全ては照巳さんが行っている。
朋子さんはお店の日は3時半に起き、18時の閉店までパンを焼いたり、片付けをしたり、次の日の仕込みをする。お店の接客は主に照巳さんが担当し、時間をずらして朋子さんのできなかったことなどもフォローしている。18時にお店を閉めた後、夕食は家族みんなでとることにしている。

お二人のパンのこだわりは、食べやすくシンプルなパンを作ること。炊きたてのご飯のように毎日の食卓にあって、ほっとするようなパンをイメージして作っている。
外海の素材を使ったパンもたくさんある。外海産のかぼちゃ、お茶を使ったパン、人気商品の外海産キンカンバケット、ゆうこうという外海特産の柑橘のカンパーニュ、など季節によって様々なパンが並ぶ。

朋子さんが得意とするハード系のパン。
外海中学校の茶園のお茶を使ったお茶パンも並ぶ。
店内では、フレンチトーストや飲み物も提供している。

「家族3人で生きていくためにはどうしたらみんなのためになるのかを一番大事にした。どうすれば楽しく幸せに暮らせるかというところの中の選択肢にお店があった。
最初にお店をやると決めた時娘のことを第一に考え、運動会の時はお店は休み、授業参観にも行く。」

家族の生活を一番に考え長崎に移住し、その流れの中で始めたパン屋。お店のことで娘さんにしわ寄せがいかないことを一番に考えてやっている。同時に娘さんには、自分達のやっていることを見てもらいたいという気持ちもある。中学生になった娘さんには、パンの試食、お客さんの反応など、お店の話し合いにも参加してもらったり、日曜日にはお店を手伝ってもらうこともある。
娘さんもお店を手伝うことは、お客さんや両親との会話ができ楽しいようだ。両親を大変そうだと気遣いながらも、楽しそうにしているお二人の姿を見て娘さんも嬉しく思っている。

娘さんの習い事で週に何度か市街地まで車で送り迎えをしている。その車の中で娘さんとたくさん話しをする。時には懐メロを聞きながら、歌ってすごく盛り上がったり。マラカスも車の中に置いているのだとか。
「わざわざ彼女との時間を作るのはできないが、車の中で一緒の時間を過ごしている。都会に居たらそんな時間もてなかったと思う。」
往復2時間の道のりも、娘さんとのコミュニケーションの時間として、大切にしている。娘さんにやってあげられないことがたくさんあるが、自立してほしいという思いもあり、自分のことは自分でできるしっかりした子に育っている。

娘さんは、学校や私生活でも都会では絶対に体験できないことをたくさん体験できている。
少人数の学校で学年に関わらずみんな気兼ねなく仲良くできたり、気が向けばいつでも海に遊びに行けたりと娘さんも「良いとこに住んだなと思う」と、外海での生活が気に入っている。

長崎に移り住んで、一番良かったことは人のあたたかさだと話すお二人。近所の方には本当に良くしてもらい、都会では考えられないことまで助けてもらったり、関わってもらったことがたくさんあった。身近な存在として地元の方々と、お互い行ったり来たりできる関係を嬉しく思っている。

「人と仲良くならないといけない。誰に対してもコミュニケーションをとっていく姿勢。相手から声をかけてもらおうとばかり考えていたらだめだと思う。都会の感覚じゃ住めない。」
外海で心地良く感じられているのは、周りの温かさや助けだけでなく、お二人が新しい土地に住むにあたって謙虚さやコミュニケーションも大切にしてきたことも大きく影響している。

「今は疲れて寝るっていう非常にシンプルな生活になった。余計なことを考えなくて良いですから。東京でサラリーマンをしていたときの自分よりも元気ですよ。やることがいっぱいありすぎて、あっという間に一日が終わる。」
「日々成長してどんどん作るのが上手くなったり、馴染みのお客さんが来てくれるようになったり、そう意味では毎日幸せ。サウナみたいな感じ。」

外海での暮らしは、シンプルな生活をもたらし自分達のしたいことができるようになった。
これからは、来てくれるお客様を楽しみに少しずつお店を安定させて、無理のないように今のものを大事にして行きたいと思っている。

家族の幸せを大切に考え、長崎に移り住みお店を構えることになった中野さんご夫婦。
今までの生活を取り戻すように、家族との時間、自分達の時間を味わいながら暮らしている。その姿を見ている娘さんや周りの人達も笑顔になっている。
長崎で見つけた暮らしを大切に、これからも家族を思い、充実した日々が続いていく。

プロフィール

プロフィール画像

中野 照巳さん
東京都出身。広告デザイナーとして都内の広告代理店に勤務。生活を整えるため家族3人で沖縄に移住。その後長崎市外海地区に移住。フリーランスの広告デザイナーとして在宅で勤務しながら、パン屋を開くためお店の改装を約2年間行う。2022年「そとめベーカリー」を開業。

中野 朋子さん
埼玉県出身。社会福祉士、精神保健福祉士の資格を取得。生活を整えるため家族3人で沖縄に移住。その後長崎市外海地区に移住。ソーシャルワーカーとして病院に勤務しながら、趣味で作っていたパンを道の駅で販売。周りの人の後押しもあってパン屋を開くことを決める。2022年「そとめベーカリー」を開業。

ライター/ 古川祥子