長崎を訪れる人のBASEとなり 人の輪を繋ぐ

2022.9.7

長崎駅からほど近く、脇道に入ると坂道へと続く道がある。路面電車の音が聞こえ、長崎の日常の坂の風景が広がり、西坂町へと続く道。
その西坂町の丘の上に、宿とカフェ、レンタサイクルを兼ね備えた「ROUTE」というお店がある。オーナーである岸川信吾さんは、静かで緑のある長崎らしいこの場所が気に入って10年前にお店を開業した。すぐ目の前には聖フィリッポ教会や日本二十六聖人殉教地もある長崎の歴史も感じる場所だ。

岸川さんが子供の頃、父親に連れられて社会科見学のようによく歩いた思い出の場所でもある。特殊な場所なのに観光のスポットが当たっていない穴場な場所だなと、子供ながらにふんわりと感じていた記憶があるという。大人になって再びこの場所と繋がり、不思議な巡り合わせを感じながら、観光客にも地元の人にもこの場所を知ってもらいたいという思いもあって、ここにお店を構えた。

岸川さんは大学進学とともに県外で暮らし、学生の頃から旅行が好きで、バックパッカーとして中南米を半年かけて旅したことがあった。その旅の中で長崎について質問されたり、長崎という地名を学校で習って知っているというたくさんの人と出会った。長崎という地名が海外で認識されていることに初めて気づき、客観的に自分の育った長崎について考えるようになった。また世界的に見ても珍しく面白い長崎の歴史にも、改めて興味を持った。
「それを伝える場所、登山でいうベースキャンプのような場所ができるといいんじゃないかと思った。自分も旅行をしていて最初に荷物を降ろす場所が一番落ち着けるなと思った。」
長崎を訪れる人に長崎のことを伝えることができ、旅のベースとなる宿をいつか作りたいと考えるようになる。

大学卒業後、興味のあった貿易に携われる海運会社に入社した。日本のさまざまな都市や海外にも住みながら、長崎に繋げられるものがあればという思いがあり、海外貿易や輸出入について学んだ。

社会経験を積み長崎に帰郷した後、念願だったゲストハウスを開業した。ゲストハウスの運営は充実していたものの運営を続ける中で、宿泊だけの事業では地元の人と繋がることの少なさに寂しさを感じるようになっていった。そこに思いもよらない東日本大震災が起こり、海外からの旅行者が減っていったことをきっかけに宿泊だけではない地元の人とも繋がれるようなお店をつくろうと、複合的なお店ROUTEを開業した。

地下から屋上まで、フロアごとに用途を分けた作りになっている。
細い路地や長崎らしい風景を肌で感じられ、観光客に人気のレンタサイクル。
週末のみ営業のカフェ。窓からは聖フィリッポ教会が見え、地元の人で賑わう。
半透明なアコーディオンで仕切られたキャビンタイプの部屋が並ぶ宿のフロア。
自身の旅の経験から、ドミトリーとビジネスホテルの中間のような部屋を目指した。
景色の良い屋上はテラスとして、食事をすることもできる。

宿泊だけではない複合のお店にしたことで、地元の人との交流も増えた。
二階のカフェに来るお客さんのほとんどは地元の人で、仕入れや運営していく中でも地元の人と話しをすることが多くなった。
カフェのメインメニューは、サンドイッチとマフィンで、どちらも国籍に関係なく好まれるものを選んだ。サンドイッチは具材を変えてバリエーションを楽しめ、日本のおにぎりのような感覚で提供できる。具材にもこだわり、岸川さんが新大工市場で仕入れた地元の素材を手作りで仕込んでいく。メニュー内容は試作をしてスタッフ皆で、意見を出し合って決めている。

チョイスサンドで具材も選べ、組み合わせは自由自在。何度来ても飽きがこないサンドイッチ。

カフェの場所を使い、昨年末から月に一度「おでん会」という名の懇親会のようなものも開いている。繋がりのある地元の人が集まり、肩肘を張らなくて良い、会話のハードルを下げてくれるおでんをつつきながら、日常の会話を楽しむ会だ。さまざまな職種や世代の人が集まり、交流の場となっている。

おでん会を発案したのは、岸川さんとの出会いで長崎に住むことになった前田侑也さんだ。ROUTEに宿泊したことをきっかけに知り合い、どこかで本屋を開きたいと検討していた前田さんの思いを聞き、親身にアドバイスをした。
「一人でも知り合いがいると移住しやすいと思い、第一村人のように接した。面白い事をやってくれる人がどんどん長崎に来てくれたらいいなという思いがあった」
誰にでも同じような対応をとっていたわけではないが、自分と共通点が多かったこと、素直で率直な前田さんの人柄の良さも合わさって、無意識に一生懸命サポートしていた。

今では、おでん会がない月はうずうずするほど重要な会になっている。新しい仲間が増え、日常的にこういう場所があることを岸川さんは幸せに感じている。
おでん会が長崎の町のあちらこちらで開かれるようになって、同じようにコミュニティが広がっていけばいいなという思いも込められている。

カフェには、BOOKSライデンで取り扱っている本のコーナーがある。

サイクリングでは昨年より新たに始めたサイクリングガイドツアーがある。育成したガイドと考えたシナリオに沿って、観光地だけではない長崎の深い歴史のスポットを巡る。観光地を周っただけでは分からない長崎の歴史や文化を当時の人の思いや地元の目線なども交えて紹介していく。時にクイズを出し、参加者の言葉も引き出しながら、一方通行にならないような交流も意識している。自転車でゆっくりと体感しながら長崎を知ることができるツアーだ。

「最初のころは、長崎に来てくれている時点で長崎のことを知ろうとしてくれているはずなので、何かを無理に伝えることはせず、好きなように過ごしてもらいサポートするくらいのお迎えの仕方を心がけていた。日がたつごとに、長崎の紹介を一歩突っ込んで話してもいいんじゃないかなと思うようになった。」
サイクリングガイドツアーに限らず、長崎を訪れる人への接し方も少しずつ変化している。岸川さんが長年、長崎に熱心に関わり、長崎を大切にしてきたことのあらわれでもある。

長崎を訪れる人の旅のベースを作りたいと始めた宿。さまざまな思いが生まれ、時代背景も変わって行く中で、宿だけではない複合のお店を作った。
今では長崎を訪れる人と長崎に暮らす人とが交流できる場所となっている。岸川さんを通じて出会った人がまた新たな出会いを起こし、長崎に人の輪が生まれていく。新しい世代にも岸川さんの思いが繋がり、長崎でそんな場所が少しずつ新たにうまれている。

プロフィール

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岸川信吾さん
長崎県諫早市出身。1973年生まれ。大学進学とともに長崎をでて、関西や関東の都市、アジアの都市などで仕事や勉学のため暮らす。2008年に長崎に帰郷。2008年〜2020年まで麹屋町でインターナショナルホステルあかりを経営。2013年にカフェと宿「ROUTE」を開業。長崎を訪れる人、長崎に暮らす人がこの場所で交差し、新しいアクションが生まれるような場所を目指し日々活動している。すみよかプロジェクトの取り組みに通じる活動は、人の輪を広げ、長崎市がより良い町になることに貢献している。

Instagram(@route_nagasaki)

ライター/ 古川祥子