縁に導びかれ 自然と人の集まる場所をつくる

2022.11.1

大阪出身の前田侑也さん。学生時代から本をたくさん読み、本が好きでいつか他の街で本屋をやりたいと思っていた。大学卒業後は、エンジニアとしてIT系の会社に就職。社会経験や資金を得るために就いた仕事も、やってみると楽しかった。それでも、会社に勤めながら都会での生活に違和感を感じ、もっと生活している実感がほしいと思うようになる。どこか別の街でお店を構え暮らしたいと行動を始めた。

もともと旅行が好きで色んな所を旅し、特に小さい街を訪れるのが好きだった。お店を構え暮らす場所も程良い大きさの街がいいと思っていた。ロケ地調査のように旅をしながら各地を見て回り、その中で長崎を初めて訪れる。
「他にない街で人もすごく優しい街、居酒屋に入ってもすぐに仲良くなってすごく楽しかった。帰ってからも長崎いいなと思っていた」

会社を辞め実際に本屋をやりたいと思った時、長崎を含めたいくつかの候補地を改めて訪ね歩いた。その時に「ROUTE」というゲストハウスに宿泊し、オーナーの岸川信吾さんとの出会いをきっかけに、縁もゆかりもなかった長崎にお店を構え住むことに決めた。

長崎市出島町の国道沿いに建つ趣のあるビル。表からは分かりにくいが、階段を上がった二階の「BOOKSライデン」という本屋が前田さんのお店だ。前田さんが選んだ本が並ぶ個性ある本屋だ。大型書店では取り扱っていないような珍しい本もあり、宝探しのように本を選べる。
お店の半分が本のスペース、もう半分はカフェスペースになっている。カフェスペースではこだわりの美味しいコーヒーが飲め、カウンターの中が前田さんの定位置でお客さんを迎える。
ライデンとは、オランダの街の名前で前田さんが旅行で訪れたことのあるお気に入りの街でもあり、長崎市とも姉妹都市として関係が深い街でもあることから、お店の名前とした。

BOOKSライデンがある出島の通り。

BOOKSライデンでは新刊と古本を扱っている。
新刊は、前田さんが二十歳の自分に読ませたいような本を置いている。哲学的な本、根源的な所にアクセスするような本など、自分ではなかなかたどり着けないような面白そうな本が並ぶ。新刊のほとんどの内容は把握しているので、前田さんに相談をすると自分に合う本を紹介してくれる。
古本はジャンルを問わず置いていて、お客さんからも買い取っている。読まれなくなって必要とされなくなった本が、誰かにとっては必要とされる。街の中でぐるぐる周る面白さを感じながら、フリーマーケットのような思いでやっている。

単なる本屋ではなく人が集うお店にしたかった前田さんは、コーヒーが飲めるカウンター席を用意した。本を読むスペースという決まりはないが、本をとおして隣の人と繋がってもらってもいいし、静かに一人で本を読んでもらってもいい。銭湯のような感覚で来てもらい、日常的に構えず、人が集える場所になったらいいなと思っている。

カフェスペースで出しているコーヒーは、福井県三国港にあるカフェの豆を取り寄せている。旅行で一番印象に残ったカフェのものを使いたいという思いがあり、問い合わせをし実現した。前田さんも大好きな味で、お客さんにもとても好評だ。

人を遠くから招いて行うトークイベントやお客さんの一人が講師として得意分野について語るイベントなど、ざまざまなイベントも開催している。学校では教えてくれないような面白い話に、学生から年配の方までが参加し、終わった後もみんなで意見が交わされる。
「重要なのは、本を読むことだけではなくものを考えること。イベントとかカフェでじっくり考えてちゃんと言葉でやりとりできるような空間にしていきたい。」

大学のゼミ室のような空間にもしたいという最近の思いも、イベントに表れている。自分が学生の時、大学以外でそういう場所がなかったという経験もあり、皆でものを考え暑苦しいことをしたいと思っている。

長崎に暮らすきっかけとなった岸川さんとの出会い。
ゲストハウスで岸川さんに声を掛けてもらい、本屋を開きたくて住む街を探していることを詳しく話すと、すごく盛り上がり是非長崎にと誘ってくれた。話していくうちに岸川さんの持っている思想や考え方などにも共感をしていった。
帰ってからも連絡をもらったりと、自分のことを本当に考えてくれていて、本当に来てほしいんだなと前田さんは単純に嬉しかった。
岸川さんのような人達と仕事をしながら暮らせたらいいなと思うようになっていき、地元大阪から近い他の候補地もあったが住む条件なども抜きで人の印象で長崎に決めた。

長崎での生活がスタートした前田さんは、開店の準備をしながら岸川さんをはじめ、色々な人を介して地元の人と知り合い、優しい人達の中で自然と人との繋がりが広がっていった。地元の人達の協力もあって、お店の内装などはできるだけ手作りで作りあげた。

お店のドアの色を塗り直すための募金箱。お客さんがお店を良くしようと好意で入れてくれるもの。
皆で作った本棚、少し歪んだ感じがお店に合っていて気に入っている。

お店以外では、地元との交流の場として月に一度「おでん会」という名の懇親会のようなものを開催している。前田さんが発案し、ROUTEのカフェの場所を使って行っている。
繋がりのあるさまざまな人が集まり、みんなでおでんをつつきながらざっくり話しができる交流の場だ。

「心の声を発する場所が少ないんじゃないか。気持ちを開いて気軽に行ける場所ってありそうで実は日常的にない。そういう場所に飢えている」
知らない人とも知り合えて、自分を開放できる場所。今では鍋も大きくするほど参加者も増え、多くの人がそんな場所を求めている。

前田さんは、おでん会を将来的には街中でやってみたいという野望がある。おでんの屋台を作って街のあちこち移動して、色んな場所でおでん会を開く。
「ごっこ遊びの延長みたいなのでいいと思う。『へぇいらっしゃい』とか言って、美味しいとかではなく経済活動に伴う楽しさみたいなのをみんなでシェアしていく。」
おでん会が街のあちこちで開かれるようになって、新しく楽しいことを始めるきっかけにもなると良いと思っている。

前田さんは、住む条件や環境よりも人の熱意やハートに心を打たれて長崎に住むことを決めた。自分が楽しく好きだと思う方に進み、何事にも心をオープンに接していることで良い出会いにも恵まれている。

長崎の住人となった今、こんな場所がほしい、こんな事をしたいという思いをお店やおでん会を通して発信している。その結果、前田さんの周りは楽しい場所として人が集まっている。自然な欲から始める楽しいことの繰り返しが、長崎に人を呼び込む一番の方法かもしれない。日々楽しいことが生み出され、今日もそこに人が集まる。

プロフィール

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前田侑也さん
大阪府出身。大学卒業後、IT関係の会社でエンジニアとして働き、愛知、東京、大阪で暮らす。学生時代からのお店を持ちたいという思いがあり、旅行を兼ねてお店を開き暮らす場所を探す。長崎の雰囲気が気に入り、二度目に長崎を訪れた時に「ROUTE」に宿泊し、オーナーの岸川信吾さんと出会い長崎で暮らすことを決める。2021年7月に長崎に移住。2021年11月に「BOOKSライデン」を開業。

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ライター/ 古川祥子