穏やかに地域と繋がり、”地域に暮らす”
2026.8.2
”坂の街長崎”
坂道を登り、振り返ると長崎港が広がり、船の汽笛が鳴り響く。夜になると世界三大夜景ともいわれる夜景が広がる。
長崎市南山手町の「浪の平」地区。
かつて外国人商人が移り住み、賑わいを見せたこの地には、今なお洋館が点在している。
車も入れない狭い坂道を登った斜面にある住宅地、多くの人が思い浮かべる”長崎らしい風景”の中に、シェアハウス兼コミュニティスペース「つくる邸」はある。
この場所を運営しているのが、岩本諭さんだ。
地域に深く関わり、人々との繋がりを大切にした暮らしを続けて12年。
県外からやってきた一人の大学生は、この地に深く根を下ろすことになった。

岩本さんは大分県宇佐市の出身。宇佐市の中でも、天然記念物の「オオサンショウウオ」が生息するような美しい自然の残る地域で育った。
高校生の頃は、野球部に所属しながら生物部にも所属し、「オオサンショウウオ」の研究をしていたという。
「オオサンショウウオ」は、冷たい綺麗な水がないと生きられない、また数も減ってきていることを知って環境問題に興味を持つようになり、環境科学を学べる大学を探し、長崎大学へ進学。
長崎市に移り住み大学生活を送る中、大学2年のときに東日本大震災が起きる。この震災が岩本さんにとって大きな転機となった。
仲間とともに宮城へボランティアに向かった岩本さんは、実際に被災地を目にし、原発問題も目の当たりにして強い衝撃を覚えた。
それと同時に、現地で 「人と人のつながり」の大切さを痛感した。震災が起きたときにも助け合えるような繋がり。
長崎に戻り震災の経験から「これからの暮らしはどういう形がいいんだろう」と考えるようになった。

自身の長崎での暮らしは、地域との接点がほとんどない、学生アパート暮らし。県外から来た学生なら当たり前ではある生活だが、自分の暮らしにも常にもやもやした気持ちがあった。
「大分の地元はすごい田舎だったんで、ご近所付き合いとか当たり前にあって、 地域の皆 さんに育てられたというか。震災とか色々勉強とか学んだけど、自分の暮らしは普通 にアパートにいるだけだな。あんまり繋がりを持ってないなって。」
大分の地元での暮らし方、それが自分の根源にあることを思い出しながら、長崎の地で今自分にできること、どんな暮らしが理想か考える日々。
「 ローカルというか、身近な暮らしを大切にしたりとか、人と人の繋がりの中で、助け合いながら生きていくみたいな、やっぱそういうことが、大事だなって」
ご近所づきあいなど、地域との繋がりを長崎でもやれるような場所を見つけ、地域と繋がった暮らしをしたい、ライフスタイルを変えたいという思いに行きついた。
そんなとき、大学の卒業研究で出会ったのが、「浪の平」の斜面地だった。

大学で都市計画を専攻していた岩本さんの卒業研究のテーマは、「長崎の坂のまちの分析」だった。長崎の斜面地、旧外国人居留地周辺の住宅街をフィールドワークすることに。
その中で、長崎市では空き家が増え続けていること、特に斜面地は人口減少が進み、使われなくなった古民家も多くあることを知る。
暮らし方を見つめ直す場所を探していた岩本さんは、この地域の空き家を活用して、自分の思う暮らし方を実現できないかと模索し始める。
「自治会長さんと知り合うことができたので、だったらこのエリアがいいなみたいな。その他歴史も深いとこなんで、 面白いなと思った。」
フィールドワークを重ねるなかで、地域の人たちとの繋がりもできてきたこともあり、拠点となる場所を探すことにした。
当時は、古民家活用がブームになる前で、市場に空き家情報が流通しておらず、情報収集は困難な状況だった。
情報のない中、SNSで発信を続けたり、懸命に空き家を探している姿に「がんばってるねー、うちのおばあちゃんち空いてるよ」と地域の人から声がかかるようになった。
また協力的な不動産屋の方とも出会い、一緒に坂道を歩き回り、飛び込みで空き家の持ち主に交渉したりしながら、条件や雰囲気のあう空き家に出会うことができた。
築70年の古民家をDIYで改装し、シェアハウス兼コミュニティスペースとして再生。
長崎らしい風景と長崎らしい温かみが残る地域、斜面地で2014年、学生たちの手によって「つくる邸」がスタートした。

「つくる邸」には、実際にスタッフが居住し、地域の魅力や情報を発信し、外と地域を繋ぐ。また地域の交流を維持し、空き家問題や斜面地の人口現象など斜面地の活性化を目的としている。
岩本さん自身も約10年間ここで暮らし、地域に溶け込んできた。
地域住民と外部の人が自然に交われるよう、月に一度「オープンデー」として邸内を開放し、様々なイベントを開催している。
例えば、お正月の書き初め大会や、落語家を招いた本格的な落語会など。
誰もが気軽に集える地域のコミュニティスペースとして、また少しでも普段こういう場所に来ない若い人などに、斜面地の魅力や長崎らしい風景や空気を感じ取ってもらう目的もある。
また居住しているスタッフは自治会に所属し、夏祭りや精霊流しなど地域の行事にも参加している。そこに興味を持っている地域外の仲間、大学生などを地域の中に誘い、若い人と地域を繋ぎ、地域行事を活性化、存続の役目もはたしている。
毎月のイベントをやっている中で、斜面地に魅了されて実際に住みたいと県外から移住相談で訪れる人も少なくないという。
また活動が浸透していくにつれて、地域の人から「うちの空き家をどうにかしてくれないか」と空き家の持ち主からも声がかかるようにもなった。
こうして、移住希望者と空き家を仲介するマッチングの取り組みも、自然な流れで行うようになっていった。
この約10年間で、実際に4軒の空き家を再生し、新たな活用へとつなげている。

「つくる邸」からの眺め。長崎港が一望できる。



「つくる邸」を運営し始めた当初、大学生数人で古民家に住み、地域の人からは何をしているか分からない存在だったはず。
それでも、地域の人と繋がりたいという思いで、自治会やお祭りなど地域行事に顔を出し続けた。
1年、2年と顔を出していくうちに、「本気なのか、本当に住んでいるのか」と地域の人に認識されるようになっていった。
こうした地道な関わりの積み重ねが信頼へとつながり、お祭りの実行委員長が交代するタイミングで「やってみないか」と声をかけられ、岩本さんがその大役を任されることになった。
「地域としてお墨付きをもらったというか、あいつは変なやつじゃなく、ちゃんと公式の行事の実行委員長をした、みたいな。地域デビューしてしまったんですよ。」
公式に信頼してもらえた感覚があり、そこから一気にいろんな場面で声をかけてもらえるようになった。
「うちの空き家が困ってて」 など、よほど信頼している人にしか話せないような家の相談もしてくれるようになった。

活動が10年以上たった今では、「長崎居留地歴史まちづくり協議会」の一員となり中堅的立場も任されている。
「長崎居留地歴史まちづくり協議会」(通称「歴まち協議会」)は、歴史を活用した街づくりで居留地を盛り上げていこうと、市と地域住民が一体となった協議会。
有名観光地のため、錚々たる顔ぶれが揃う中で、岩本さんは調整役として重要な役割を果たしている。居留地エリアマネジメントやエリアの情報を一つにまとめホームページなどを作成し、情報発信などを行っている。
そして「つくる邸」の思いを広く社会に活かすため、コミュニティデザインの会社「つくるのわデザイン」も運営している。
大学院卒業後、コミュニティデザインで有名な会社に5年ほど所属。長崎のエリアの事業を担当し、コミュニティデザインの経験を積んだのち、フリーランスとして活動、仲間も増えたこともあり現在では法人化して運営している。
コミュニティデザインとは、様々な地域の課題をワークショップなど通じてそれぞれの意見を引き出し、「次はこれをやろう」と企画に伴走しながらナビゲート(ファシリテーション)していくもの。
地域コミュニティと一緒に街をデザインしていくようなものだ。
「つくるのわデザイン」では、様々な地域の商店街、学校、会社などのコミュニティの課題をコミュニティで解決していく支援をしている。
「つくる邸」の運営からも、その他の事業からも地域コミュニティとの関わり方を深く学び、吸収し続けている。

近年、「つくる邸」で力を入れている取り組みに「坂道留学」がある。
全国から集まった学生たちが2週間「つくる邸」に滞在し、斜面地でのリアルな暮らしを通じて自分自身と向き合う。様々な学びを得ながら新たな自分を発見していく、地域密着型のインターンシップ・プログラム。
入学式から始まり、地域住民と顔合わせ、テーマを決めて発表をする。
2週間の滞在期間中には、歴史豊かな居留地の坂道を歩いて巡ったり、地元の伝統的な行事に参加したり、実際に住民の家を訪ねてじっくりと話を聴いたりと、地域に深く入り込んで過ごす。
斜面地での日常を体験する中で、参加者たちは自分自身と向き合い、新たな考え方やこれからの生き方のヒントを見出していく。
地域行事に参加するプログラムの柱として「精霊流し体験」がある。地域の人と一緒に「精霊船」を一から作り、8月15日の精霊流しまで体験する。
長崎を代表する伝統的な行事がどんなふうに取り組まれていて、そこにある地域の人の思い、地域との関わりをリアルに体験する。
地域では精霊船作りの担い手が不足しており、伝統である精霊船作りそのものを中止しようかという議論が持ち上がることもある状態。
「地元の大切な伝統行事、地元の人が辞めるくらいだったら、外の人を巻き込んで一緒にやってもらって存続させた方が良い。」
精霊船作りは地域にとって重要かつ繊細な行事だが、長年地元に溶け込み信頼を築いてきた岩本さんだからこそ、地域住民も快く受け入れてくれた。
「これが双方にとってすごく良かったんですよ。外の人をいかに地域の決まり事と繋げる、決まり事って言っても外の人から見ると、とても楽しい体験なんですね。というのを繋げる、 それができたことは一つ成果と思う」
2週間過ごした参加者たちは、卒業式として、自分の見つけ出したことを発表する。そして、新しい価値観、地域と繋がった暮らし方を身に着けて自分の場所へとかえっていく。
地域も交流や伝統が存続され、また外の空気も入り活気づいていく。
「つくる邸」の集大成のような取り組みが、それぞれを豊かに成長させている。

長崎の斜面地で暮らして12年。
「べったりじゃないけど緩やかに繋がってるっていうことが、すごい安心感に繋がるし、 目に見えないけどすごく安心もする。すごい豊かだなって感じる瞬間で嬉しい。」
目を引くようなお店を構えたわけでも、賑やかな場所を作ったわけでもない。
これからの暮らしのあり方を真剣に考えて実践してきた岩本さんの地道な取り組みは、今、地域の人々に深く根づき、多くの共感を集めている。
「切り口がたくさんあって、それにおたくのようにみんなコミュニティがいっぱいあって。それぞれ、街のことが好きな人が多いし飽きない、飽きないですよね、長崎は。 」
それぞれの分野に街を本気で愛している人がいる。だからこそ、知れば知るほど面白くなると、長崎の魅力についてそう語る岩本さんも、長崎で地域と繋がり地域に溶け込みながら、自分のやりたいことを熱く成しえている。
”坂の街”長崎らしい景色の中で、 岩本さんたちは今日も人と地域がゆるやかにつながる場所を育てている。
異国情緒溢れる景色、綺麗な夜景の合い間に、旅では見えない長崎の暮らしの繋がりが見えた。
岩本諭さん
大分県宇佐市出身。長崎大学進学のため長崎に移住。東日本大震災ボランティアの経験から、”地域と繋がった暮らし”を志す。2014年「斜面地・空き家団体つくる」および「つくる邸」開設。”家に住む”に留まらない”地域に暮らす”感覚で地域や人を豊かにしている。株式会社「つくるのわデザイン」代表取締役。「長崎居留地歴史まちづくり協議会」委員。「若い世代の暮らしを支える地域の相談窓口」としてすみよかプロジェクトに認定。
【SNSアカウント】
Instagram いわもとさとる https://www.instagram.com/satoruiwamoto/
つくるのわデザイン https://www.instagram.com/tsukuru_wa/